中小企業診断士

独立失敗して2年が経過しました。

2020年4月8日。この日に独立診断士の道を諦め、内定の受諾と共に会社員に戻ることを決意しました。第1回目の緊急事態宣言が発令された直後のことでした。

あれから2年。独立を諦めた記事は今でも「中小企業診断士 独立 失敗」で検索すると必ず上位に出てきており、「やっぱり診断士の資格を持っている人は独立の2文字が頭をよぎるんだな」と思いました。該当記事はこちらになります。

独立失敗の原因

 今思い返すと、失敗の原因は「海外事業のみに事業のポートフォリオを置いていたこと」です。現在(2022年4月)も自由に海外旅行が出来るようになったわけではありませんが、海外ビジネス、特に「自分自身が自ら海外に行く」ようなビジネスは非常に難しいと感じています。

 廃業後、周りの診断士の反応は冷ややかなものでした。「諦めるのが早い」「本当に独立する気があったのか」 特に否定も肯定もしませんが、私の中では世界中を飛び回ることが当時やりたかったことですので、それが出来ないのであれば独立することに意義はありません。

 となると「もともと正社員を辞めて、海外ビジネスを行う会社と業務委託契約を結びたかっただけなのか」という話も出てくるのでしょうが、答えはイエスです。もちろん、それは独立初期の段階の話ですし、何年か事業を行っていればまた別のことにチャレンジしたくなるのでしょうが、どんなビジネスを行うにせよ、大切なのは”実績”だと私は考えます。この実績が作れない時点で諦めました。国内にいながら海外ビジネス展開を、という考えもあるのでしょうが、そういったサービスもまた2年前の私ではできなかったことでしょう。

 「これから先、コロナが収束したらまた再独立するのですか」 これもよく聞かれることですが、そのつもりはありません。コロナは格差社会をいっそう浮き彫りにさせました。先進国は(2022年4月現在)3回目のブースター接種を行っておりますが、海外の途上国では実は4回目の接種を行っている国もあります。理由はワクチンが中国製のため、効いている期間が短いため、短期間で打ち続ける必要があるためです。また、ワクチンを打てば感染しないかと言えばそんなこともなく、事実オミクロン株は2回接種していてもなお感染しています。「気をつけていればなんとかなる」ものでもありません。現在JICAビジネスに携わっている方の活動は素晴らしいとは思いますが、実績のない私にとって、入り込む余地もなければ、入る意思もありません。

「人(人類)はウイルスを伝搬するだけの生き物でしかなかった。」

これが今、私の思うところです。将来、再独立をするのあれば、国内中心の、また別のビジネスを考える必要があります。そして、現在のところそうしたビジネスは頭の中にありますが、行動に移せた、と言い切れるところにまではきていません。

また、娘も早いもので、中学生になりました。この娘を安全・安心に育てていきたい。今はそちらの気持ちでいっぱいです。(海外ビジネスを断念したとはいえ)やりたいことはありますが、それよりも彼女を世に送り出すことを優先しています。とはいえ、私も53歳になりました。私には時間がないように感じられます。次に何かを行うのであれば、それこそ人生を賭けて行うことになると考えています。

中小企業診断士として独立したいと考えている方へ

 いろいろ書きましたが、コロナ禍の中で独立した診断士を私は何人か見てきました。その方の生き方なのでしょう。あるいは役職定年や定年といった人生の節目がたまたまコロナ禍と重なっただけかもしれません。いずれにせよ、幸か不幸か、コロナ禍において中小企業診断士は”独立しやすく”なっています。その理由は、コロナ禍において、国が各種の補助金政策を強く打ち出しているからです。少なくとも2022年度迄はこの傾向は続くでしょう。私も行いましたが、「事業再構築補助金」などは最たるものかと思います。補助金ビジネスだけで年に何回か採択されれば、それだけで生活を賄うことは可能だと思います。

 ただ、独立されるのであれば、新型コロナウイルスの存在とは関係なく「逃げ道」を事前に用意されることを強くお奨めします。「逃げ道」は大きく分けると以下の3つに該当します。

  •  子供が大きくなり独立した、など今後発生する大きな費用がないこと
  •  パートナーの収入だけで生計を賄えること
  •  自分一人だけ養えばいい場合

 この3つのどこかにあてはまり、かつ数ヶ月分の蓄えがあれば十分「逃げ道」はあります。私も今年診断士の資格を更新しますが、中小企業診断士の有資格者は優秀な方ばかりです。特に今は副業解禁の流れがどんどん加速していっています。日本全国の方とオンラインでつながれるようにもなりました。まずは副業から入り、そこから手ごたえを得たところで独立する。こうしたことが非常にやりやすくなりました。 あとは事前に「逃げ道」さえあれば、というところがお伝えしたいことです。

 あと、独立することを決めた方は、事業のポートフォリオを複数持つことをおススメいたします。これは海外ビジネス1本に絞ったことで失敗した私の経験から、この記事を読んでいただいた皆様にお伝えしたいことです。もちろん、最初から複数のポートフォリオを持つ必要はありません。1年目は補助金中心で実績を積み、その中で2年目以降のビジネスを考える。そんなやり方も十分可能です。

 加えて、私の場合もそうですが、失敗すれば会社員に戻ればいいだけです。50代で会社員に戻る(=転職する)ことはまったく考えていませんでしたが、結果として2回できました。それで”リカバリした”かというと、そこまでは言い切れませんが、会社員には会社員でいいところもあります。毎月確実に給与が振り込まれることのありがたさ。厚生年金があることの安心感、毎週土日に確実に休めること、などのメリットは会社を辞めて独立して改めてかみしめたことでもあります。ただ逆に診断士としての活動はほぼストップし、その後コーチングを学びはじめてからはその面白さにハマっています。地域活動にも興味を持つようになりました。

ただ、今思うにそれでもなお、「失敗しない人生よりも、やらずに後悔する人生」は本当にもったいない。失敗した私のブログなので、負け惜しみに見えるでしょう。ただ、この世に生まれたからには、やってみることをおススメします。もちろん、やりたいことがあることと「逃げ道」があることが前提とはなります。ただ、中小企業診断士の失敗は初期投資がほとんどかからないため、自己破産につながるほど大きなダメージとはなりません。

以上となりますが、この2年間、コロナウイルスの影響もあり、とても長い2年間でした。将来、私が自分の人生を再度振り返ったときに「50歳の時に独立失敗したこと」をどう思うのか。それはまた別の機会に、このブログに記したいと思います。