地域活性化

書評「700人の村がひとつのホテルに」(2022年下半期一推し)

5月に紹介した「鋼の自己肯定感」が”2022年上半期一推し”だったのに、下半期に入り早くも一押しがでるとは思っていませんでした。それだけ、本書は衝撃的でした。感想を一言で言うと「地域を創生するってこんなに難しいことなんだ。提案するだけなら出来ても、最後まで成し遂げるって生半可な気持ちではできないんだ。」というものでした。そのあたりの詳しい話は、少しずつこれから書かせていただくのと、あんまりネタバレになってしまわないように(※このへんのバランスが映画評・書評では難しいなと思っています。)していきます。

さて、著者の嶋田さんですが、ご本人の存在を知ったのは私が所属している地域共創コミュニティ「LOCAL LETTER」のトークイベントでご登壇されたのがきっかけです。なお、コミュニティの性格上「ここだけの話」をウリにしているので、その場で嶋田さんがどんなことを話したのかは伏せておきます(※会員になればアーカイブが見れます)が、物腰低く、柔らかい方だなというのが第一印象でした。話を本書に戻すと、嶋田さんが本を出されるというので早速購入したというと当たり前すぎるのですが、それだけではなく、現在私は、Local Creative Schoolというスクールに入っており、嶋田さんとは楽しい時間を共に過ごしています。

まえがき
第一章 “ふるさと”を仕事にする
第二章 「さとゆめ」の創業
第三章 「伴走」で地域の未来を変える
第四章 700人の村がひとつのホテルに
第五章 700人の村がひとつのホテルに Walk in Kosuge
第六章 「さとゆめ」というプラットホームーー「地方創生」新時代の組織のかたち
第七章 十年後を見据えての地方創生――「沿線まるごとホテル」JR東日本との挑戦
あとがき

章立てを見ていただければ想像がつくと思いますが、小菅村の話は軸としては大きいものの、嶋田さんの半生が描かれた1冊です。ではさっそく、読み進めていくことにしましょう。

まず、「まえがき」にて小菅村の話がイントロ的に出てきます。ご多分に漏れず、少子高齢化が進む日本。存続が危ぶまれる街(町)の話題は日増しに強くなるばかり。そして、小菅村もその1つ。コンサルティングにおいて”将来の見通し”を立てる場合、事業の売上や地域の経済効果といったものは不確定要素が多いものの、人口統計は大きく外れることはないというのが定説。人間は誰でも1年で1歳ずつ歳を重ね、ある年に生まれた子供の数は、減ることはあっても増えることはありません。常に前向きでポジティブな嶋田さんが小菅村の人口維持(※発展ではなく維持)について”暗澹たる気持ちになった”のはまさに本音だと思いました。

とはいえ、小菅村もそんな一大プロジェクトを、当時起業したばかりの”さとゆめ”に託すのも相当に勇気のいることだったと推測します。いや、もしかしたら順番が逆で、大手コンサルに払うお金、形だけの提案にうんざりしたところがあって、それで嶋田さんに依頼したのかもしれません。そして、それだけの実績と信頼を起業段階で築き上げてきたご本人の半生が1章から描かれていきます。さて、「地域のリアルを知ってほしい」という想いから生まれた本書。そこにはどんなストーリーがあるのでしょうか。

「ふるさと」を守れる人間になりたい

ここまで当記事を読み進められた方は「嶋田さんはふるさとがあって、それを守りたいんだな」と思われたのではないでしょうか。しかしながら、ふるさとというものは現体験ではあっても幼少期にふるさとがあったわけではないとのこと。これは私の体験と推測が入り混じっていますが、ふるさとに思い入れのある方は「街を(昭和の頃のように)戻したい」という気持ちが強いように感じられます。ですが、日本の少子高齢化は世界でも最先端。残念ながら元に戻るのは昭和ではなく(人工的にほぼ同数になる)大正。とはいえ、気持ちの上で(人口減少、過疎化を)受け入れられるかどうかは別の話であり、またその一方で生活がかかっている以上、生まれ育った町を出ていく人が絶えないのも時代の流れです。

そんな中、ふるさとを愛する京都大学の大学生・嶋田青年が「変わることのない美しい風景や暮らしなど存在しない」という現実に直面したとき、彼のライフワークは「ふるさとを守る人間になりたい」というものになっていったのでした。

実践することの尊さ

大学院を卒業した筆者は地域のコンサルティングに関わる会社に就職し、キャリアを積み上げていきます。ただ、コンサルティング事業は「計画」「戦略」を練るところまでで、その先がないことに疑問を感じていたとのこと。逆に言うと、社会人経験を重ねていくと「それが当たり前」になっていくのもまた、自然な流れだと言えます。そんな中、長野県信濃町でのプロジェクトが筆者に大きな衝撃を与えることになります。それは、自らの提案が街に受け入れられたことではなく、その後2年後にきちんと実行され、リアルな現実を目の当たりにしたところにあります。ここから、”実践すること”の大切さを感じ、自らも行動に軸足を移していくようになります。

とはいえ、「言うは易し、行うは難し」という言葉通り、実践者になろうとすればするほど、本業には手がつかなくなるまでになり、それが「さとゆめ」創業の経緯ということでした。

「伴走」を求める地域からオファーが舞い込むように

仲間はいても社員は筆者だけの「さとゆめ」。ですが、しばらくすると次々と仕事が入ってきたというところは驚きました。ここだけを切り抜いてしまうと典型的な”起業のサクセスストーリー”のようにさえ思えてしまいます。しかし、小菅村との出会いでは、あまりにも厳しい現状を目の当たりにし、筆者は「憂鬱な決意」を固めていくことになります。そこから先、小菅村で行われた数々の施策、本当にたくさんあり、とても紹介しきれません。ぜひ本書を手に取ってみてください。私は思いました。「実用的なアイデア(企画)を浮かべ、実践し、成果を出すということ本当に大変なこと」だと。

小菅村での成果のあとで

実践を積み重ね、観光客が目に見える形で増えた小菅村。しかし、そこで新たな課題が出てきます。それは宿泊施設の減少。経営者の高齢化などで廃業が続き、5軒にまで減ってしまったとのこと。宿泊してもらえれば、経済効果はもとより、村に対する愛着が格段と変わるのは想像に難くないことです。ただ、いかんせんそこから先が難しい・・・。予算・人・ノウハウ、すべてがない状態でどうやってホテルを作るのか。とりあえず古民家があることはわかったものの、それをリノベーションするだけで成立するのだろうか。このあたり、筆者の頭の中が逡巡しているのがよくわかる内容になっています。このあたりについてもまた、本書を手に取って読んでほしいです。結果として、ホテル開発は筆者自身が運営の主体となり、コンサルティントが事業者になる、そんな瞬間でした。

この先、村役場の職員からのアドバイスで、ホテル開発に関して、住民に情報発信の4段階が出てくるのですが、これもオオッと思わせる内容なので詳細は書かないでおきます。そして立ち上がったと思いきや、コロナ禍により休業を余儀なくされ、まったく手の打ちようがない状況に追い込まれる。そしてGoToトラベルキャンペーンで巻き返し。まるでドラマのような展開ですが、コロナ禍の中でもあきらめることなく地道な発信を続けていく筆者の姿に心打たれました。

「さとゆめ」がつむぐ未来

第6章に入ると、さとゆめに話が戻ります。気が付けば社員は15名。有能な若者がどんどん応募するようになってきたとのこと。「伴走型のコンサルティング」というミッションに共感して応募してくることに対し、筆者はそのミッションをビジネスモデルとして体系化し、図に示しています。この図の説明は、筆者のセミナーで私も聞いていたのですが、これまでの経験が凝縮されており、納得感の高いものでした。さらにミッションやビジョンに対する社員の揺らぎを感じた筆者は全社合宿を開催し、言語化と行動規範を示します。これを読み進めていくと、私がこの本で感じた感想である「地域を創生するってこんなに難しいことなんだ。提案するだけなら出来ても、最後まで成し遂げるって生半可な気持ちではできないんだ。」に結びついていきます。実に大変なこと、厳しいことにチャレンジされている筆者、さとゆめ社員の皆様はすごいなと思いました。

その後、JR東日本との協業である「沿線まるごとホテル」の話につながりますが、こちらも詳細は本書でご一読願います。

最後に、あとがきで筆者はまだまだ(関わる地域の数が)足りないと述べています。伴走したくても出来ず、名もなき村、名もなき集落。そんな状況を目の当たりにしてきた筆者はよりもっと多くの若者に対し「地域」に足を踏み入れてほしいという思いを伝え、本書を締めくくっています。そして、本書を読んだ私は、私なりのやり方で地域の未来に携わっていきたいと思いました。(終わり)

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