書籍紹介

書評「THINK AGAIN 発想を変える、思い込みを手放す」

 前回の書評「習慣超体全」は「習慣」がテーマで比較低身近にあることでした。今回紹介する「THINK AGAIN 発想を変える、思い込みを手放す」は「再考」になるのですが、比較的難しいテーマです。私は著者アダムグラントの大ファン。これまでの著書「GIVE & TAKE「与える人」こそ成功する時代」「ORIGINALS 誰もが「人と違うこと」ができる時代」はともに時代を問う名著。私自身の人生にも大きな影響を与えてくれました。そんなグラントの最新刊のテーマは「再考」。一見難しそうなタイトルですが、実際難しかったです。今回の書評では本著を解きほぐし、理解しやすいようにしよう、そう思いました。(以下、本著から一部引用しています。)

本書の目的は、既存の考えを新たな観点から見つめ直すことがいかに大事であるか、を伝えること

  グラントいわく、変化の激しいこの時代を生きるためには、考える・学ぶこと以上に貴重な認知スキルがあり、それが「考え直す、学びほぐす(知識をリセットし、学び直す)能力である」と。(実際、グラントは過去の著作における自分の見解をいくつか本著で否定しています。)

  しかし、そのことが容易でないことは明白だ、とも。既存の考えに固執するのは考え直すよりもずっと楽であるから、だけではない。再考するためには、信じていることを見つめ直すことで、私たちのアイデンティティが脅かされる、つまり、自分の一部が欠けたような喪失感を覚える可能性がある、とのこと。

 ではなぜ、グラントはこのような難しいことを主張をするのでしょう? 理由は単純明快で、パンデミックを経験した人類はあらゆることを「見直す」必要があるからです。彼は以下のように表現しています。「現在、私たち一人ひとりのメンタル・フレキシビリティ(柔軟性)が試されている。これまで当然のように思っていたこと、それが普通だと信じていたことを疑問視したり見直したりせざるを得なくなった。」

 

「正しいか」ではなく、「フィーリング(直感的に正しいと思うか)を物差しにしがち」

 グラントは「ブラックベリー(スマートフォンの元祖というべき存在。Wikipedia参照)」を例に挙げ、iPhoneが現れたあとも既存の考えに固執した結果、市場におけるプレゼンスを失ったのは有名な話と説きます。だが、そのiPhoneにしても、当初スティーブ・ジョブズは(携帯電話事業参入に)懐疑的だったという話が立て続けに出てきます。理由は単純。iPodが売れまくっていたからで、売上棄損を恐れていたから。当然のことのように思えます。それでもAppleのエンジニア数名は水面下でリサーチを進め、「Appleを携帯電話会社にするわけではない」と粘り強くジョブズを説得したといいます。本著には記されていませんが、ジョブズはAppStoreにも懐疑的だったという話は有名です。つまり、頭のいいジョブズでも考えを改めるのは難しい。脳の処理速度が速いからと言って、柔軟な思考の持ち主であるとは限らない。考えや見方を変えようとする意思がなければ、多くの再考察の機会を見過ごしてしまう、ということです。その点でも、ジョブズは(独裁者であるという見方もあるが)柔軟な思考を持っていた人であることは間違いないでしょう。

誰もが陥りやすい「愚かなこだわり」から自由になる方法

 「自分が何かを学び得たかどうかを知る方法は、自分の過ちを発見することだ」。ノーベル賞受賞者であるダニエル・カーネマンの言葉です。(なお、カーネマンの著書「ファスト&スロー」は別途紹介したい名著です。) ではどのようにそのような思考モードを維持できるか? カーネマン曰く、それは自分の信念をアイデンティティから切り離すことがカギとのこと。なんとも難しい表現ですが、本著を読み進めていくと「固定観念」を捨てることが重要であることが徐々に明らかにされていきます。

本著を通じて「再考」で得られること

 上記のようなことは、割とこの本の冒頭で書かれています。この後、考えを変えることで生じる人との対立との向き合い方、再考し続ける組織の作り方など、多くの示唆があります。詳細は本著を手に取って読んでほしいと思います。(全部書いてしまうとネタバレになってしまうため) 結論ではありませんが、その手前に以下のことが書かれています。職場でも人生でも今後1~2年で何を学びたいのか、何に貢献したいのかを考えること、そして次の可能性のために心を開いておくことが私たちにできる最良の取り組み、とのこと。そのあとの続きが本著の結論になりますが、そこは伏せておきます。なお、監訳者の楠木健いわく、本著で一番インパクトのあったところは、先述の「自分の意見や考えを自分のアイデンティティから分離する」という主張とのこと。少々難しいですが、とても読むごたえのある一冊です。

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